地政学リスク時代の経済制裁コンプライアンス
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更新日:54 分前
地政学リスクが激化し、制裁規制が急速に変化する時代において、経済制裁コンプライアンスは、国内企業・金融機関にとっても重要性・複雑性の高い課題です。リスト照合にとどまらず、AML/CFT、経済安全保障、「ビジネスと人権」の視点を取り入れた複眼的な態勢整備が求められます。

企業に求められる地政学リスク・グローバル規制対応
経済制裁は、特定の国・個人・団体等との金融・貿易取引を制限する措置であり、本来、核兵器等の不拡散、テロ対策、民主主義、人権尊重等の政策目的を実現する目的で実施されるものです。国連安全保障理事会の常任理事国間の対立により国連制裁が祷文に機能しにくい状況の下では、米国をはじめとする各国の単独制裁や協調制裁の重要性が高まっています。
また、特に近年、世界各地で紛争や分断が続き、様々な地政学事象の発生を通じた不確実性が高まる中、企業活動は、経済制裁に加えて、輸出管理、投資規制、サプライチェーン・人権規制、各国の対抗措置等が相互に関連するグローバル規制環境に置かれています。
こうした問題意識を踏まえ、『金融法務事情』2026年8月25日号(2288号)掲載の拙稿「地政学リスクが高まる環境下での経済制裁コンプライアンス」では、10年以上にわたり企業・金融機関に対し経済制裁を含むグローバルコンプライアンスを支援してきた経験をふまえ、近時の規制動向や実務対応を議論しています。米国OFAC規制の域外適用・二次的制裁、日本の外為法令等に基づく制裁強化の動向を概観し、制裁DD、AML/CFTとの統合、経済安全保障と「ビジネスと人権」の視点、各国規制の板挟みへの対応を整理しています。
制裁コンプライアンスは「リストチェック」を超える
米国OFAC規制には、対象者・団体を指定する選択的制裁と、国・地域を広く対象とする包括的制裁があります。指定対象者が直接・間接に合算して50%以上を所有する団体も原則として制裁対象とみなす「50%ルール」があり、間接取引、違反を生じさせる行為、回避・潜脱や共謀も禁止されます。
米ドル決済、米国人、米国原産品等の米国との接点がある場合に非米国企業にも規制を及ぼす「域外適用」と、米国との接点がなくても一定の制裁対象国・対象者との重要な取引等を理由として米国市場・金融システムへのアクセスを制限する「二次的制裁」は、区別して理解する必要があります。OFACの民事制裁金は厳格責任を基本とするため、制裁DDの実施は違反予防に加え、執行時の有力な防御方法となります。
日本では、国外取引には外為法、国内取引には国際テロリスト等財産凍結法が適用され、財務省による金融制裁、経済産業省による貿易制裁、国家公安委員会による国内財産凍結が実施されます。外為法上の金融制裁には資産凍結措置のほか、特定国・目的・取引を対象とする措置があり、銀行等には確認義務、外国為替取引等取扱業者には遵守基準・ガイドラインに基づくリスクベースの態勢整備が求められます。
したがって、制裁DDでは、制裁対象者だけでなく制裁対象国・地域との関係も確認し、実質的支配者、間接当事者、所有・支配構造、商品・サービス、物流・資金の流れをリスクに応じて調査する必要があります。契約上の制裁条項も有用ですが、取引内容とリスクに応じて表明保証、情報提供、監査、解除等を適切に設計することが重要です。
実務対応の5つのポイント
1.AML/CFTとの異同を踏まえた統合的対応: いずれもリスクベースの態勢を基礎とし、KYCや実質的支配者の情報を相互に活用できます。他方、AML/CFTが通常は顧客・実質的支配者を中心とするのに対し、制裁DDはすべての取引相手、間接当事者、所有・支配関係まで対象となり得ます。共通基盤を活用しつつ、適用法令・対象者・調査範囲の相違を踏まえる必要があります。
2.地政学リスクに対応した態勢の高度化: 制裁は急速かつ予測困難に変化するため、継続的なフォロー、シナリオ分析、事前対応が重要です。米国・EU・英国・日本・中国・ロシア等で異なる規制動向を継続的にフォローし、重層的な所有・支配構造や迂回・潜脱の兆候も分析できる態勢が求められます。
3.経済安全保障との一体的対応: 経済制裁を、輸出管理、対内・対外投資規制、政府調達、サプライチェーン規制と併せて捉えることが重要です。米国BISが2024年に公表した金融機関向けEARガイダンスも踏まえ、Entity List等と取引の関係を確認することが重要です。もっとも、EARやUFLPA上のリストはOFACのSDNリストと同じ効果を持つものではなく、制度ごとの法的効果を区別した多面的な取引管理が必要です。
4.「ビジネスと人権」との複眼的対応: 人権侵害を理由とする制裁と人権DDは、調査・契約等の手法を共有し得ますが、行為主体、性質・目的、調査方法は異なります。制裁上許容されても人権への負の影響との関係は別途検討し、取引停止・撤退が従業員、取引先、地域社会に与える影響については「責任ある撤退」の観点から判断する必要があります。。
5.各国規制の板挟みを克服する最適解: 中国の外国制裁法・阻断規則、ロシアの対抗措置等も考慮し、過度に保守的な即時停止・撤退による事業機会の喪失や他国法違反を回避する必要があります。一般許可、FAQ、ガイダンスを精査し、取引継続の可否だけでなく、モニタリング、契約条項、取引スキームの見直しを含むリスク低減策から最適解を検討することが重要です。
Global Compliance / Sustainability / Technology 横断的な視点から対応の有用性
本テーマは、当職が取り組む3つの重点領域を横断する課題としても位置づけられます。
• Global Compliance: 経済制裁を、AML/CFT/CPF、輸出管理、投資規制、サプライチェーン規制等と結び付け、複数法域にまたがる適用関係、所有・支配構造、資金・物流の流れを統合的に管理する必要があります。
• Sustainability: 人権侵害を理由とする制裁と人権DDの異同を踏まえ、紛争影響地域等における強化された配慮や「責任ある撤退」を通じて、制裁遵守と人権尊重を両立させる必要があります。
• Technology: 半導体・AI等の先端技術をめぐる輸出管理、サイバー関連制裁、暗号資産を含むデジタル取引への対応に加え、スクリーニング、所有構造分析、取引モニタリングを支えるデータ・テクノロジーの実効的な活用が課題となっています。
グローバルコンプライアンスに関する活動
当職は、10年以上にわたり、国内外の専門家と連携し、法律・外交・人権・テクノロジーなどの多角的な観点から、様々な業種の企業・金融機関の皆様の経済制裁コンプライアンスを含むグローバルコンプライアンスを支援してきました。また、政府・公的機関・弁護士会・研究機関等を通じて、グローバルコンプライアンスに関する実務の向上やルール形成にも関与しています。
今後も、地政学リスクの高まる環境下で、企業・金融機関のレジリエンス(強靭性)とインテグリティ(健全性)を支えるグローバルコンプライアンスを支援・推進していきたいと考えています。
• 国際法曹協会(IBA)弁護士規制委員会/マネー・ローンダリング防止制裁専門家小委員会 役員
• 日本弁護士連合会 弁護士業務改革委員会 CSRと内部統制プロジェクトチーム 座長
• 海外贈賄防止委員会(ABCJ)運営委員・事務局
• 国連ビジネスと人権政府間作業部会(OEIGWG)代理リーガルエキスパート
• 経済産業省「郵便物受取サービス業の犯罪収益移転防止法対応に係るガイダンス」検討会委員(2019年)
• 早稲田大学日米研究所 招聘研究員(2010年~2025年)
• 米国フレッチャー法律外交大学院 国際法学修士課程修了(2010年)
• 海外贈賄防止委員会(ABCJ)運営委員・事務局
• 米国ワシントンDC Akrivis Law Group顧問
• メキシコシティ TNV Abogados顧問
