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人権・環境DDから対話・救済の仕組みの強化へ―サステナビリティ経営の新局面

  • 15 時間前
  • 読了時間: 8分

更新日:1 時間前

企業のサステナビリティ対応は、方針策定や情報開示の「形式」から、実際に人権・環境への負の影響を防止・軽減し、対話・是正・救済に取り組み、そして企業価値の維持・向上につなげる「実質」が問われる段階へ移っています。本稿では、OECD多国籍企業行動指針と日本政府の「ビジネスと人権」行動計画の改定を踏まえ、人権・環境DDを継続的な経営プロセスとして機能させ、リスク低減にとどまらず、企業価値と社会へのポジティブなインパクトにつなげるための実務上のポイントを考えます。




サステナビリティ経営の実質が問われる時代に


 企業のサステナビリティ経営は、新たな局面に入っています。人権・環境方針を策定し、サプライチェーン調査を行い、取組状況を開示することは重要です。しかし、それだけで人権・環境への負の影響が防止・軽減され、被害が生じた場合に是正・救済が実現するとは限りません。企業には、人権・環境デュー・ディリジェンス(DD)を形式的な確認作業にとどめず、潜在的又は実際の影響と向き合い、これを企業価値の維持・向上につなげる継続的な経営プロセスとして機能させることが求められています。

 国連ビジネスと人権に関する指導原則(以下「国連指導原則」)やOECD多国籍企業行動指針(以下「OECD指針」)が要請する人権・環境DDは、リスクの特定・評価だけでは終わりません。負の影響の停止・防止・軽減、追跡調査、情報開示、そして是正・救済までを含みます。その全過程を支えるのが、影響を受けるライツホルダーや地域社会、労働者、取引先などとの意義ある対話です。

 欧米ではサステナビリティ規制の簡素化や反ESG・反DEIの動きもみられます。しかし、製品別DD規制、強制労働産品の輸入規制、公共調達・投融資・開示ルール、取引先からの要請、NGOからの苦情申立・訴訟などを通じ、人権・環境への対応を求める圧力も高まっています。不確実性が高いからこそ、制度や用語の変化に左右されにくい、実質的な負の影響の対処と企業価値の向上を両立する取組が重要となります。


OECD指針改訂が求めた人権・環境DDの高度化


 2023年のOECD多国籍企業行動指針改訂は、環境マネジメントを、事業所内の環境管理にとどまらない、製品・サービスのライフサイクルとバリューチェーン全体を対象とする環境DDとして具体化し、DDの対象を人権から環境その他の分野に拡大しました。

 対象となる環境課題も、気候変動、生物多様性の喪失、生態系の劣化、森林減少、大気・水・土壌の汚染、廃棄物の不適切管理など幅広く示されました。気候変動については科学に基づく目標や移行計画、Scope 1・2と可能な限りScope 3の排出量の考慮、排出削減をオフセットより優先する考え方が示されています。環境への負の影響が健康、安全、生計、土地保有などの人権と密接に関わること、脱炭素移行そのものが労働者や地域社会に負の影響を与え得ることをふまえ、「公正な移行」のために社会的影響も評価する必要があります。

 OECD指針は法的拘束力を有するものではありませんが、EUのサステナビリティ関連規制、開示・ESG投融資の基準、政府施策、公共調達などに参照・組込みが進んでいます。また、OECD指針違反に関しては、各国連絡窓口(NCP)への問題提起を通じて、企業とステークホルダーの対話・問題解決が図られる可能性もあります。

 環境管理59号掲載の拙稿「OECD多国籍企業指針改訂が求める環境管理の高度化」では、OECDコンサルタントとして人権・環境DDの事例研究を担当し、また環境省の環境DDハンドブック策定の検討会委員を務めた経験をふまえ、OECD改訂の要点を解説しています。その上で、日本企業が既存のCSR調達や環境マネジメントシステム(EMS)を基礎としつつ、人権・環境DDへ発展させる方法を提案しています。既存の仕組みを捨ててゼロから作り直すことではなく、バリューチェーン全体への目配り、ステークホルダーとの対話、リスクに応じた優先順位付け、是正・救済との接続といったギャップを補うことを強調しています。


国連指導原則を実施する日本の行動計画改定をふまえたビジネスと人権対応の高度化


 OECD指針改訂が責任ある企業行動に関する国際規範を具体化した後、日本では、政府ガイドライン、大阪・関西万博の持続可能性に配慮した調達などを通じて、人権・環境DDを企業実務に組み込む動きが進みました。こうした国内外の展開を受け、2025年12月、日本政府のビジネスと人権行動計画(NAP)が改定され、2026年度から実施されています。

 NAP改定版は、人権DD、救済へのアクセス、公共調達に加え、社会的に弱い立場に置かれやすいライツホルダーの保護、AI・テクノロジーと人権、環境と人権などを含む8つの優先分野を示しています。各府省庁が個別に進めてきた施策を「ビジネスと人権」の観点から横断的に結び直した点にも意味があります。

 企業実務への示唆は、単にDDの対象項目が増えるということではありません。環境管理、経済安全保障、AIリスク管理など既存の法務・リスク管理に人権の視点を組み込み、部署横断でガバナンスを整える必要があります。

 とりわけ重要なのが、苦情処理メカニズムの実効性です。NAP改定版は、企業が自らメカニズムを確立するか、業界団体等の仕組みに参加し、対話・救済の仕組みの実効性を向上することを期待しています。相談・通報窓口を置くだけでなく、声を上げやすい企業風土、報復防止、適切な調査・対話、是正、再発防止までを一体として設計する必要があります。

 金融法務事情2282号掲載の拙稿「『ビジネスと人権』に関する行動計画」の改定と企業の実務対応」では、NAPの策定・実施・改定に作業部会構成員として関与した経験と、企業・金融機関の実務支援の経験をふまえ、改定の背景・意義、注目点と課題、企業の実務対応を整理しました。


人権・環境DDから対話・救済へ―企業が進めるべき3つの転換


1 監査・モニタリングから、ステークホルダーとの対話へ: 一方的な監査・モニタングだけでは、声を上げにくい人々が直面する問題や様々な自然・地域環境への影響を十分に把握できない可能性があります。ライツホルダー本人との対話が難しい場合でも、労働組合、地域コミュニティ、人権・環境NGO、専門家など信頼できる代表者・代理組織との関与も活用し、現場の情報をリスク評価と対応策に反映すること重要となります。。

2 人権と環境の縦割りから、統合的な影響評価へ: 気候変動、生物多様性、汚染などの環境問題は、先住民族・地域コミュニティの人権と結びつきます。他方、脱炭素やデジタル化など社会課題を解決する事業も、新たな人権・環境リスクを生み得ます。担当部署や評価手法の違いは維持しつつも、重要な意思決定では人権と環境の相互作用を確認する必要があります。

3 苦情処理を事後対応から、学習と改善の基盤へ: 苦情処理メカニズムは、問題発生後の紛争対応だけの仕組みではありません。寄せられた声を集約・分析し、リスク評価、方針、調達基準、契約、研修、監査、取締役会の監督へフィードバックすることで、DD全体を改善する早期警戒・学習の基盤になります。救済へのアクセスを確保することは、企業とステークホルダーの信頼を回復し、将来の深刻な危機を防ぐことにもつながります。


「ビジネスと人権・環境」に関する活動


 当職は、「ビジネスと人権・環境」をライフワークとして、10年以上にわたり、国内外のルール形成、企業実務、対話・救済の現場を往復しながら、企業・金融機関のサステナビリティ対応の実効性を高めることを支援・推進してまいりました。

 ビジネスと人権・環境の課題は、当職が取り組むGlobal Compliance / Sustainability / Technologyの3分野が密接に交差するテーマの一つでもあります。

 今後も、人権・環境DDから対話・救済への展開を通じて、企業・団体と個人双方のレジリエンス(強靭性)とインテグリティ(健全性)の向上支援に貢献してまいりたいと考ええています。


  • 日本政府「ビジネスと人権」に関する行動計画推進作業部会・円卓会議の構成員として、NAPの策定・実施・改定プロセスに参加。

  • OECD責任ある企業行動センター・コンサルタントとして、日本企業の人権・環境DDの事例研究を実施。また、環境省の環境DDハンドブック策定を検討会委員として支援。

  • 国連ビジネスと人権政府間作業部会の代理リーガルエキスパートとして、ビジネスと人権に関する条約交渉を法的に支援。

  • 東京五輪・大阪万博の持続可能性に配慮した調達コードや苦情処理・救済の仕組みづくりに関与。

  • ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)共同代表理事として、企業のグリーバンスメカニズムを支援する対話救済プラットフォームを運営。

  • 日本弁護士連合会のCSRと内部統制に関するプロジェクトチーム、国際法曹協会ビジネスと人権委員会等を通じ、「ビジネスと人権・環境」に関する弁護士の役割と課題を研究・提言。

  • 企業・金融機関の社外役員、サステナビリティ委員会委員、サステナビリティアドバイザリーボードメンバー等を歴任。


関連する論稿・書籍


  • 『人権デュー・ディリジェンスの実務』(金融財政事情研究会、2023年、共著)

  • 『重要概念・用語・法令で学ぶ SDGs/ESG経営とルール活用戦略』(商事法務、2022年)

  • 「環境デュー・ディリジェンスの意義と実践方法―責任ある企業行動及びサプライチェーンに関するルール形成をふまえて」(環境管理2020年5月号)

  • 「サステナビリティ契約条項の導入・運用」(ビジネス法務2023年5月号)

  • 「サプライチェーンを通じて波及する企業の人権尊重―その意義と克服すべき課題を探る」(法学セミナー846号、2025年)

  • 「日本の『ビジネスと人権』行動計画(NAP)―改定の意義と今後の課題」(アジ研ポリシー・ブリーフNo.262、2026年)




 
 

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